インドのウェルネス市場は約67億米ドルと推計され、近年は政府の予防医療推進や、パンデミックの影響による免疫力向上への機運から、アーユルヴェーダに対する関心も急速に高まっている。
インド工業連盟(Confederation of Indian Industry:CII)とフロスト&サリバンの共同調査によると、インドのアーユルヴェーダ市場は2016年時点で30億米ドル規模だった。内訳は、製品(企業製品、製薬、輸出など)が22.7億米ドルで市場の75%を占めている。
アーユルヴェーダ製品は、食品や化粧品などFMCG(日用消費財)として展開されている。チャワンプラッシュ(Chyawanprash)、トリファラ・チュルナ(Triphala Churna)、アシュワガンダ(Ashwagandha)、アロエベラ(Aloe Vera)といった栄養補助食品が主流で、小売店や薬局、Eコマースサイトなど、さまざまな場所で購入可能だ。
アーユルヴェーダサービスは、医療サービスとウェルネスサービスに二分される。医療サービスはクリニックや病院で提供されるもので、近年では公衆衛生に組み込まれ、プライマリーヘルスケアセンター(地域センターのような、初期・第一次医療を担当する施設)でも採用されている。また、インド保険規制開発庁(Insurance Regulatory & Development Authority:IRDA)が、インド医療機関評価機構(National Accreditation Board of Hospital:NABH)の認定を取得したアーユルヴェーダ施設における医療行為を、健康保険の保障対象として認めるなどの動きも広がっている。
近年、多くの国でアーユルヴェーダマッサージを含むスパセラピーが観光に取り入れられており、インド国内の伝統的なアーユルヴェーダのウェルネスサービスにも転換が求められている。NABH認証という付加価値が付くことにより、通常の大衆マッサージ(1日あたりの単価150~250米ドル)から高付加価値サービス(同500~1,000米ドル)となることから、産業への貢献が期待されている[ii]。
アーユルヴェーダをはじめとするインドの伝統医療の研究および推奨を担当する省庁として、AYUSH省(Ministry of Ayurveda, Yoga & Naturopathy, Unani, Siddha and Homoeopathy:アーユルヴェーダ、ヨガおよびナチュロパシー、ユナニ、シッダおよびホメオパシー省)がある。同省は2014年11月、インドのアーユルヴェーダについての高等教育や研究開発、関連治療や医薬品についての基準制定などの整備を目的に設立された。同省は、新型コロナウイルス感染症対策として、アーユルヴェーダに基づく予防的治療法としてのセルフケアと、呼吸器に特別な焦点を当てた免疫力強化法を推奨している。
アーユルヴェーダ製品の需要は新型コロナウイルス感染拡大前も高く、市場成長率は15~20%だったが、パンデミック下では50~90%に急伸している。さらに海外での注目度の高まりから、輸出額や海外からの投資も増えているという。政府はさらなる産業振興に向け、より科学的なアプローチと近代化を進める方針を見せている[iii-1] [iii-2]。
アーユルヴェーダ産業における、日本とインドの提携も進んでいる。2018年には神奈川県がインド政府と健康改善に関する覚書を締結した。健康維持や病気の予防を自己管理で行うという考え方が基本のインドの伝統医療、アーユルヴェーダは、県が進める健康と病気の間の状態を指す「未病」の概念に近いと考え、健康改善に連携して取り組んでいく方針だ。同年に日本政府もインド政府とヘルスケアおよび健康分野における協力覚書を締結しており、未病、アーユルヴェーダといった自己健康管理のための人材育成、研究および事業を推進する、としている[iv-1] [iv-2]。
1930年創業のFMCGメーカー。100カ国以上に500種近くの製品を展開している。1999年にアーユルヴェーダ製品市場に参入し、290人以上の研究員が3~4年かけて製品を開発している。2016年度の年間売上高は180億ルピーで、内訳はパーソナルケアが42%、医薬品が34%、ベビーケアが15%、ペットケアなどが9%であった。実店舗だけでなく、2008年からEコマース販売、2016年からモバイルアプリ販売を開始しており、パンデミックでも販売増を達成している。
2002年創業のパーソナルケア製品メーカー。アーユルヴェーダに基づくフェイスケア、ボディケア、ヘアケア製品を展開する。大都市を中心に59店舗を展開、オンライン販売や百貨店販売も行う。ベジタリアンにも対応する、100%自然成分、添加物を一切使用せず、純度と品質の高い製品が強みで、EU認定も受けている。ロックダウン(都市封鎖)で店舗営業ができなくなって以降、主なマーケティング・コミュニケーションをウェブサイトとソーシャルメディアプラットフォームに切り替えたことが奏功し、いち早くオンラインシフトに成功した。非インターネットユーザーにもアプローチするための全国対応のIVR(自動音声応答システム)導入や、音楽ストリーミングサービスSpotifyでのチャンネル開設など、時代に合ったマーケティング活動を行っている。
2019年ベンガルル創業のスタートアップ。AIや機械学習の専門家が「指先でアーユルヴェーダウェルネス」を目指し、毎日、簡単に使えるモバイルアプリを開発した。ユーザーは登録後、30の質問に回答し、スマートフォンのカメラから指先の写真を介して脈診を受ける。7つのバイタルサインからアルゴリズムで診断された結果により、ヨガ、呼吸法、瞑想、食事、ハーブ療法を組み合わせたソリューションがひとりひとりに提供される、という仕組みだ。特許を4つ申請中で、アプリのダウンロード数は8万件を超えている。
2017年にデリーに設立された政府機関で、新型コロナウイルス感染症対策として、アーユルヴェーダとアロパシー(西洋医学、対症療法)を組み合わせた医療機関。臨床研究のためのベッド数200床の病院、25の専門科と12の診療所、8つの学際的な研究所を備える。アーユルヴェーダの基礎研究、医薬品の開発、標準化、品質管理、安全性の評価、およびアーユルヴェーダ医学の科学的検証を行っている。2021年6月、研究所所長は、アーユルヴェーダ医師40人、アロパシー医師5人で、第2波での患者200人を含む600人の新型コロナウイルス感染者を治療したと発表した。94%の患者にはアーユルヴェーダに基づく治療を実施。インド医学研究評議会(Indian Council of Medical Research:ICMR)のガイドラインに従い、必要とする患者にはアロパシーを提供した。アーユルヴェーダとアロパシーの双方のメリットを有する、包括的で新たな医療形態として注目されている。