インドの遠隔医療は、慢性的な医師・医療関係者不足、農村部や遠隔地など、医療のいきわたりにくい場所へ平等な医療を届ける、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」の推進を軸に普及が進められてきたが、2020年8月にモディ首相により発表された「国家デジタルヘルスミッション」[i]以降、デジタル化が加速、さらに新型コロナウイルスによる非接触需要や、医師・病床数のひっ迫が、遠隔医療を多方面で進展させた。第一波発生直後に発行された政府が遠隔医療ガイドライン[ii]も、遠隔医療普及の大きな後押しとなった。
2021年に調査会社imarcが発表したレポートによると、インドの遠隔医療の市場規模は2022-27年にかけ、平均年成長率30%以上で伸長するという[iii]。また、Inc42の発表した「India‘s Healthtech Landscape In A Post-Covid-19 World[iv]」によると、インドの遠隔医療市場は、2025年には54億米ドル規模に伸長し、ヘルステック市場の1/4以上を占めるようになると予測されており、遠隔医療はヘルステックの中でも特に注目を浴びている分野である。
遠隔医療のヘルステックスタートアップとしては、一次診療のオンラインプラットフォームを提供するPracto、Lybrate、mFine、DocsAppなど[v]がよく話題に上るが、オンラインでOTC市販薬だけでなく、処方薬や検査キットを販売するオンライン薬局も盛況で、2021年4月にユニコーン化したPharmeasy[vi]、業界リーダーといわれ、2021年6月にTataグループに買収された1mg[vii]の他、Medlife、NetMeds、Healthiansなどがあげられる。一次診療のオンラインプラットフォームもその業容を拡大しており、大手といわれるPractoは自宅への医薬品デリバリー、自宅検査サービスなどサービス範囲を拡大、2021年9月には「Practo Care Surgeries」を開始、バンガロールなど6主要都市に50以上のPracto Care Surgery Experience Centerを開設し、二次医療への進出を発表した[viii]。
遠隔ICUや在宅医療も、パンデミック下で大きく進展した。遠隔ICUはグローバルIT企業や医療機器メーカーが貢献している。Philipsは第一波から間もない2020年6月、インド向けに簡単に組み立てのできる「モバイルICU」を導入、米Ciscoは、医療IoTデバイスのTeslon Technologiesと共同で開発した遠隔医療システム「Telecart」を、カルナタカ州の2病院に導入[ix]、Wipro GE Healthcareは2021年8月、バンガロールのR&D拠点で開発した遠隔監視ソリューション「Tele-ICU」と、これらICUを接続・統合するソリューション「CHA-CC」を発表し、複数のインドの病院に設置した[x-1] [x-2]。
遠隔ICUのスタートアップも登場している。米国における救急救命のリモート治療の経験をベースに、インドで起業したCloudphysician[xi]だ。同社の開発した「Smart ICU」は、ICUを一つのボックスに、というコンセプトで、ボックス内には高精度カメラと電子医療記録(EMR)ワイヤとラップトップ、スクリーン、モバイルカメラと互換性のあるAndoroidとiOSサーバで構成され、ICU設備のない病院に設置し、医師への2週間のトレーニングを提供、これにより24時間いつでもチャットやビデオ会議、ビデオフィード、通知を受けられるという[xii]。
病院における遠隔医療も大手病院チェーンを中心に導入されている。Apolloグループは、長らくインドの遠隔医療に貢献しており、2013年には政府プロジェクトによる農村部コモン・サービス・センター(CSC、インド全土に展開される、各種公共サービスが受けられるICTセンター)への遠隔医療技術提供[xiii]、2014年のe-ICUの導入など、多くの医療機関に先んじて、遠隔医療を導入・拡大している[xiv]。この遠隔医療システムを手掛けるのが同グループ傘下のApollo TeleHealthであり、2021年12月、英国規格協会(BSI)によるISO 13131:2021(健康情報学―遠隔医療サービス)認証を世界初で取得した[xv]。
COVID-19で、大手病院に新たに導入されたものとして、非接触診断ロボットが挙げられる。第一波によるロックダウン直後、大手病院チェーンFortisは、Invento RoboticsによるCOVID-19スクリーニング用ロボットMitraを導入、医師や医療関係者の感染リスクを軽減した。当ロボットは、顔・音声認識と自律ナビゲーションによる症状の基本的スクリーニングを行い、その結果に基づいた入場パスを名前と顔写真とともに発行、感染の疑いのある来院者は次のロボットに誘導され、COVID-19診断を行うクリニックに接続されるため、医師は物理的な接触なしで診断が可能となる[xvi]。当ロボットは、もともと介護施設用に開発されたが、COVID-19発生以降、多くの病院で採用されているという[xvii]。
病床不足対応のため、COVID-19陽性者向けの自宅隔離・在宅医療も大きく進展した。在宅医療はパンデミック以前から展開されていたが、在宅医療スタートアップが州政府や私立病院と組み、自宅隔離・在宅医療の提供を開始した。在宅医療スタートアップのひとつであるPorteaは、デリー政府および私立病院と組み、同じくHealthcare At Homeはデリー政府、カルナタカ州政府、Fortis Hospitalと提携し、サービスの提供を開始した[xviii]。
病院独自で在宅治療パッケージの提供も開始された。Apollo Hospitalは、14 日間の自宅隔離期間中の包括的プログラム「Stay I @HOMEを導入、同じく大手病院チェーンのMax Healthcareも、2020年6月、軽症者を対象に、15日間のリモート監視パッケージの提供を開始した[xix]。こういった動きがきっかけとなり、遠隔医療プレイヤーが他サービスとともに在宅医療に参入する一方、在宅医療プレイヤーが遠隔医療や一次診断、オンライン薬局などに拡大、サービス展開していくことが予想される、という。
新たなスタートアップも続々登場しており、2021年創業の、デジタル医療エコシステムを、アプリを通じて提供するEka Care(https://www.eka.care/)、2021年創業の、針を使わないスマート血糖値計を手掛けるVivaLyf Innovation(https://vivalyf.in/)など[xx]、枚挙にいとまがない。
日系ヘルスケアサービス企業のヒューマンライフ・マネジメントが、今年年初にインドの在宅医療・介護プラットフォーム「Care24」を提供するスタートアップAegis Care Advisorsを完全子会社化するなど、日本企業からの注目も高い。生活習慣病の増加、高齢化社会への対応など、インドに先んじて経験や対応実績のある日本企業が、インドと協力するタイミングは目の前にある。[xxi]