5月末の実質的なロックダウン解除後、まだ様々な制限があるものの経済活動が徐々に再開されつつあるインドでは、他国同様にソーシャルディスタンスの維持など、新たな社会生活基準が導入されつつある。今月弊社にてリリースした「インドキャッシュレスレポート」のなかでも、COVID-19の影響からコンタクトレスへのニーズが高まっていることに触れているが、今回のコラムでは、その点をもう少し掘り下げたい。
インドのコンタクトレス支払いは、デジタルペイメントの浸透とともに普及が進んでおり、店頭やオートリキシャ等の公共交通でのPOSコード読み取りによる支払いといった、オンラインショッピング以外のリアルな場面での利用が増加、2018年以降登場したRFID技術をベースとしたコンタクトレスクレジット・デビットカード[i]の利用者も徐々に増加している。元々現金主義の強かったインドではあるが、紙幣を直接手渡しする・されることによる感染リスクを避けるため、店やECのデリバリー側も現金の受け取りを拒否するようになってきており[ii]、キャッシュレス化をさらに押し上げる要因のひとつとなっている。2020年7月のUPIを通じた取引数・金額は、導入後最高値を記録、取引金額は2兆9千万ルピーを超え、ロックダウン前の2月の取引金額の1.3倍となった[iii]。
COVID-19の影響から、ソーシャルディスタンスの概念を普段の生活全体に取り入れる必要から、買い物体験自体もさらにコンタクトレス化が始まりつつある。IKEAは「Click & Collect」という非接触型ショッピングの仕組みを導入、顧客自身がオンラインで購入した商品を、店舗駐車場に設定されたClick & Collect Stationに自身で取りに行くことで、店員との接触を最小限に抑えている[iv]。
またレポート内でも紹介しているように、レストラン等外食店舗での、スマホを媒体とした注文~支払までのコンタクトレス化も進んでいる。これらレストランは独自でシステムを開発するのではなく、Zomato、Paytm、Dineoutといった、テックプラットフォームを提供する企業とのタイアップ等で導入を進めているため、サービス導入までのスピードが速い。チェンナイの小売チェーンSunnyBeeで導入されたセルフチェックアウトソリューションは、アグリテックスタートアップWayCool Foods & Productsの技術部門であるWayCool Labによるもので、設計・開発・実装にかかった日数はわずか15日間という[v]。
ホテル向けコンタクトレスアプリを使ったソリューションを提供するPrefme[vi]もそのひとつである。滞在予定者は同社の提供するアプリからID登録を行い、部屋や食事などの要望を事前に登録、ホテル側もそれに応じて準備を行い、例えばミニバーの品ぞろえやまくらの好みなども、顧客に応じて来訪前に変更することが可能となる。そのほかデジタルチェックイン・アウト、ホテルスタッフとのチャット、ホテルカード機能なども搭載。また一度ID登録を行えば、同じチェーンであれば世界中対応可能となる。現在、5つ星ホテルチェーン複数と交渉中であり、25-30のホテルが当アプリから利用できることを期待している、という[vii]。
顧客サービスでもコンタクトレスが進んでいる。地場自動車大手のMahindraは、「With You Hamesha (=Always)」[viii]アプリおよびWebサイトにより、カスタマーケアをすべてオンラインで可能にした。ピックアップ&ドロップの日時・場所の指定、進捗確認、支払金額の確認および修理料金の支払いが、すべてオンラインで完結する。タイヤメーカーCEATも、WhatsAppを使った同様のコンタクトレスのピックアップ&ドロップによるタイやメンテナンスサービスを7月から開始している[ix]。
保険業界もコンタクトレスを開始している。COVID-19の影響もあり、医療保険のニーズが高まるとともに、保険会社各社は、PaytmやPhonePeといったデジタルウォレットを提供するアプリプラットフォームから、各種保険の購入および更新を可能としている[x]。自動保険を展開するBajaj Allianceはコンタクトレスの保険金請求を実現。保険加入者は、事故により損傷した箇所の写真と修理の請求書をモバイルアプリからアップロードするだけでよく、アップロードされたデータはクラウドベースの分析ツールにより30分以内に保険契約者に賠償額が連絡される仕組みとなっている。自ら保険会社を訪問したり、請求金額の判断を1週間近く待つ必要もない。また「BOING」というAIベースのチャットボット機能も搭載され、保険証券の確認や上記プロセスの進捗、提携病院や修理工場などの検索も可能だという[xi]。
高速道路自動料金徴収システム「FASTag」は、2020年1月より商用車・乗用車ともに義務化された。2020年8月のTimes Of Indiaによると、FASTag経由の7月の徴収金額は163億3千万ルピーに上り、ロックダウン以前の88%の水準に戻り、その推移は6月比7%増だが、5月から6月にかけては32%増と大きく改善されている[xii]、といった報道がされている。この数値は経済回復を示すデータのひとつといえ、FASTagの義務化により、いわば全数データの取得・分析ができるようになった結果、新たな経済推移を表す指標にもなり得た、ともいえる。コンタクトレス化はデジタル化と切っても切り離せない関係にある。インドのデジタル化は、モディ政権の「Digital India」政策から多様な方面で進められているが、このコンタクトレス化がさらにこの動きを活発化・押し上げていることは間違いない。