TechSci Researchが2018年に発表したレポートによると、2017年のインドの冷凍食品市場規模は3億1千万米ドル、2023年までに年率およそ16%で成長し、2023年には2017年の2倍を超える7億5,400万米ドルまで伸長すると予測しており、今後も同市場の拡大が見込まれている(注1)。かつては「プレミアム商品」としての位置付けが強かった冷凍食品は、可処分所得の上昇や共働きの増加、都市化などの社会的変化やライフスタイルの変化に加え、冷凍技術やコールドチェーンの発達に後押しされ、インドの消費者の間で急速に普及が進んでいる。さらに、大都市から中小都市に広がりを見せているECの発達も、この普及の加速に貢献している、といえる。
急成長を遂げている冷凍食品市場であるが、Food Marketing & Technology(2016)は、こうした成長の要因として以下の七つを挙げている。
1)都市化の拡大、2)インドの伝統料理を毎日作る時間と知識がなくなってきている女性の増加、3)食に対する経験が豊富になるのに伴い、よりバラエティーに富んだ新たな食品に対する消費者の需要が増加、4)若年層の増加、5)働く女性の増加、6)通勤や通学のための一人暮らしの増加、7)消費者心理の変化(以前は一から料理を作ることが主婦の美徳とされたが、現在では便利さも追求されている)。こういった中で、冷凍食品は、いわゆるRTE食品の中でも、レトルトなどに比べ加工による栄養成分の流出などが少なく、生鮮品に次ぐ健康的な食品として位置づけられている(注2)。
さらに、Assochamの調査結果(2015)によると、インド人の44%は料理の時間が不足し、23%は冷凍食品を含む調理済み食品が手頃であると感じているという。特に、核家族に関しては、およそ76%が料理の時間が不足していると感じているという。こうしたライフスタイルの変化を原動力として、冷凍食品市場は今後も成長を続けると見込まれている。加えて、物流網と冷凍設備の整備や冷凍車の減税など、政府による支援も市場急成長の一助となっている。
冷凍食品に対する意識も変化してきている。かつてはインドの消費者に「健康的ではない」というイメージを持たれていた冷凍食品だったが、コールドチェーンの発達や家庭用冷蔵庫の普及、冷凍技術の発展などによる衛生管理や加工技術の向上から、こうしたイメージは改善されつつある(注3)。
また、かつて冷凍食品は、他の食品に比べて高価格であると消費者に認識されていたが、物価上昇に比してその価格上昇が抑えられてきており(2011年における価格上昇は前年比3%程度に抑えられ、その価格は缶詰商品の1.5倍程度となった)(注4)、そのことも普及に拍車をかける一つの要因になっているようだ。
外食産業の成長も冷凍食品市場の成長に寄与している。インドには、ここ20年で外資系の外食産業チェーンが多数参入しており、マクドナルドや、ケンタッキーフライドチキン(KFC)、サブウェイ、ピザハット、ドミノピザなどはローカライゼーションを行いながらインドにおける市場を拡大してきた。提供メニューの一部に冷凍食品・食材を使用しており、これらの市場成長に伴いインド国内における冷凍食品の需要も増加している。(注5)
しかし、成長著しい冷凍食品市場にも課題はある。冷凍食品を販売できる小売店が大都市のモダンリテールに限定されることである。インドの小売業界は、大多数が小規模業者によって占められている(米ベンチャーキャピタルAccel Partnersのリポートによると、アンオーガナイズドと呼ばれる非組織流通が2013年で9割以上を占めている) 。小規模業者は店舗への設備投資額に限界があるため、冷凍食品を管理するための冷凍庫を有していないことが多い。Global Journal of Business Management(2013)によると、スーパーマーケットとハイパーマーケットの2業態が冷凍食品の販売額の75%を占めており、このことも冷凍食品を取り扱える小売店の数が限定されることを裏付けている。また、コールドチェーンの許容量はインドの年間園芸作目生産量の15%に満たない、という分析もある。(注6)さらに、地方では冷凍食品を運搬するための物流も未整備であり、インド総人口のおよそ65%がこうした地方部に居住していることを考慮すると、冷凍食品を販売するための設備不足は、市場にとって大きな障壁といえよう。
Lumiere Business Solutionsの2017年12月の記事によると、インドの冷凍食品市場は業界大手4社が大きなシェアを占める。1位のMother Dairy(ブランド名:Safal)が市場の約半数を占め、Venky’s、Sumeruとアラブ首長国連邦(UAE)資本のAL Kabeerがそれに続く。(注7)
Mother Dairyは1974年創業のインド大手乳製品メーカー。Safalは同社の青果部門事業であり、インドで初めて青果のオーガナイズド(組織化)ビジネスを始め、現在はデリーとベンガルルを中心に、青果小売店チェーンとして絶大なプレゼンスを誇っている。同ブランドは、1990年代中盤にインド初の冷凍野菜を発売したのを皮切りに、冷凍食品のインドNo.1企業として絶大なシェアを頬る。同社の冷凍食品は、他青果物および加工品とともに、欧米、ロシア、中東、アジア、アフリカなど計40か国にも輸出されている。(注8)
1971年に「インド家禽(かきん)産業の父」と呼ばれるPadmashree Dr. B.V.Rao氏によって設立された家禽生産加工メーカー。現在は、家禽の疫病対策なども手掛け、アジア最大の家禽メーカーにまで成長した。冷凍食品においても、冷凍家禽を中心に製造販売を行っている。(注9)同社の冷凍食品部門の売り上げは、2019年には2014年の2倍にまで成長する(具体的な売上金額は不明)と見込まれている。(注10)
Sumeruは、1989年に設立されたインド大手の加工食品会社Innovative Foods Limited(IFL)の冷凍食品ブランド。ケララ州コチに冷凍加工工場を持ち、マクドナルドやKFCに対して、長年にわたって加工食品の供給を行ってきた。(注11)インド国内だけでなく、米国、カナダ、英国などにも輸出を行っている。同社は、冷凍食品を中核事業の一つに据えており、2014年には冷凍スナック(ソーセージやフライドポテト、ケバブなど)に注力すると発表している。2016年にはインドのPEファンドであるPeepul Capitalによって、株式の大部分を取得され、買収された。(注12)2017年8月、アンドラプラデシュ州Chittoorに新工場設立を発表、2四半期以降に本格生産販売を開始予定。この工場設立により、2017年度年間売上の約2倍となる売上20億ルピーを、2年後の目標に掲げた。(注13)
中東最大手の冷凍食品メーカーであり、インドを含む15カ国以上に冷凍加工工場と冷凍設備を有し、300種類以上にも及ぶ製品を、2万を超える小売業者に販売している。製品の種類は、家禽から魚介、野菜、香草、スパイスまでと非常に幅広く、イスラム教徒向けの食品加工にも長けている。インドの冷凍食品市場においては、外資系メーカーの中で最大のプレゼンスを誇っている。(注14)
McCainは1957年に設立されたカナダの大手ポテト製品のメーカーである。1990年代中盤にインドの冷凍食品市場に進出し、グジャラート州メーサナにポテトの生産拠点を設立(注15)、冷凍フライドポテトメーカーとしての地位をインドで確立してきた。なお、McCAIN以外の外資系冷凍ポテトメーカーは、インド市場で苦戦を強いられている。例えば、世界大手のフライドポテトメーカーSimplotは、2012年にインド市場に参入し、ジョイントベンチャーを立ち上げたが、わずか数年で市場から撤退を余儀なくされたという。
Amalgam Frozen Foodsは2016年7月、冷凍食品専門の小売店舗を開設した。Amalgam Frozen Foodsの母体であるAmalgam Groupは魚介類の生産と輸出を主な事業としてきたが、近年では冷凍食品の小売りにも注力している。コチに1号店を開店後、南インドの他都市へ拡張、3年以内にインドの主要都市にも店舗を展開する、としている。初期投資として、およそ2億5000万ルピーを同事業に投入する予定。(注16)
2017年6月、煙草をはじめとするFMCGや食品を手掛けるITCは、冷凍食品への参入を発表。青果の生鮮品及び冷凍品市場に参入することで、需要の減少にともない市場規模が伸びないたばこ事業を補完する。「MasterChef」ブランドですでに冷凍プルーンをデリー、ハイデラバードで販売を開始、10月にはムンバイ、ベンガルル他5都市にも販売を拡大。その後、冷凍野菜など商品ラインナップを増加し、主にMP州、グジャラート州産の野菜・果物を使用する予定。アグリビジネス部門のチーフエグゼクティブS Sivakumar氏は、将来は冷凍エビにも進出したいとの意向も語った。(注17)
2018年2月、コカ・コーラは当夏までにフルーツフローズンデザートを、インドの5大メトロにて発売することを発表。ベンディングマシンを使用して販売する形態で、砂糖や乳製品を加えない新たなデザートカテゴリーとして位置づけ。すでにベンガルルで商品テストは実施済みであり、1都市あたり30-40のベンディングマシンを置く予定。コカ・コーラはこの商品投下と同時に付加価値乳飲料も計画しているという。(注18)