近年、日本企業によるインドへのR&D拠点やイノベーションセンターの設置が進んでいるが、グローバルのR&Dハブとしてインドが注目されてきたのは2000年頃からのようだ。JETROが2014年、2019年の2回にわたり発表している「インドR&D概況調査」によると、2014 年にインドにR&D拠点を設ける多国籍企業は874 社・1,031拠点にのぼり、2019の調査では、976社・1,257拠点に増加、これら多国籍企業の1/4が複数拠点をインドに構える[i]など、その規模を順調に拡大している。
Zinnovによる2021年の最新データでは、インドには1,400以上のグローバルのセンターオブエクセレンス(CoE*)が存在し、約138万人の人材を雇用しているという[ii]。
*CoE: 組織を横断する取り組みの中核となる部署や研究拠点[iii]
世界知的所有権機関(WIPO)が毎年発表している132経済圏のイノベーション・エコシステムをランク付けするグローバル・イノベーション・インデックス(GII)では、インドは2015年の81位から、2020年には48位に大きくランクアップ[iv]、2021年にはさらに順位を2つあげ、46位となった。国の所得ランク別では、インドの属するLower-middle内で、ベトナムに次ぐ2位となった[v]。
インド政府も世界のR&Dおよびイノベーションセンターとしてのインドの位置づけをさらに強化しようとしている。インド商工大臣のGoyal氏は、2021年のGIIランキングの発表を受け、業界関係者にこの順位を25位まで上げるよう呼びかけを行った[vi]。2022年9月にアーメダバードで開催された「中央国家科学コンクレーブ」の冒頭演説において、モディ首相は自ら、インドを研究とイノベーションの世界的中心地にするための協調的努力の必要性を主張するとともに、これらを国家レベルから地方へと、全土に拡大させていくことが今後は重要とし、各州政府へ科学技術分野における政策を現代化するよう促した[vii]。
前出のZinnov最新レポートによると、多国籍企業がインドでR&Dを展開する分野は、製造業・ソフトウェア分野でのエンジニアリング、金融・流通業におけるIT開発、全業種における財務会計(F&A)、ソフトウェア分野でのテクニカルサポート、流通業におけるナレッジベースサービスだという。しかしながら、最近ではそれら分野を超えたR&D・イノベーションがみられる。例えばMicrosoftのスマート農業ソリューションの開発、Honeywellによる工場設備の予知保全と資産管理IIOTプラットフォームの構築、Boschによるスタートアップエコシステムを活用した農業テック・医療テックの推進などがあげられる。
これらグローバル企業がインドを活用する目的として、新興国である点を生かし、自社製品のグローカル化や、他新興国向けの製品・ソリューション開発で、グローバル市場のカバレッジをより拡大・深化させようという意図もある。実際に、GEヘルスケアがインドで開発した低価格帯の心電計は、新興国だけでなく、米国などの先進国でも需要があるという。
また、インドのIITなど代表的な技術系の高等教育機関との連携や、学生を育成する、といった将来の拡大・展開を踏まえた活動も始まっている。
欧米のグローバル企業では、IT系がインド開発センターの設置で先行している。
Microsoft、IBMはいずれも1998年に開発・研究センターをインドに設立、いずれも現在インドに複数拠点を持ち、Microsoftのハイデラバード拠点は本国アメリカに次ぐ規模となっている[viii]。両社ともに様々な企業や研究機関との連携を行っており、その分野もAIやクラウドなどに止まらず、ヘルスケアや気候変動、持続可能性など幅広い。またインターンシップやスキル開発で、政府や大学などと連携をしており、人材開発にも積極的だ[ix-1] [ix-2]。
Intel、Google、Amazonによる、インドへのR&D拠点・イノベーションセンターの設立は2010年代後半と比較的最近ではあるが、AIやIoT、5Gといった最先端技術のほか、半導体設計や社会課題解決など、インド政府の注力する分野を意識した展開を行っている[x-1] [x-2] [x-3] [x-4] [x-5]。
エンジニアリング・製造業も、古くからインドにおいてR&D拠点を設け、製品開発等を行っていたが、ここ数年、領域の拡大や人材育成への積極的な取り組みをみせている。Boschは、2018年にその事業領域をモビリティ関連からスマートソリューション全般に拡大すると発表[xi]、これら事業促進のため、2021年に、80億ルピーを投資し、バンガロールに約1万人が集結するスマートキャンパスを設置する計画を発表している[xii]。
Philipsが1996年にバンガロール設立したキャンパスは、当時ソフトウェア開発が中心だったが、現在はPhilips Innovation Campusとして、病気の予防、診断、治療、在宅ケアまでを包括するヘルステックソフトウェアR&Dユニットに変貌している[xiii]。
日系企業は、マルチスズキ、日立、東芝、デンソー、パナソニックなどが、2010年代初頭からインドにR&D拠点を設けており、製品のローカライゼーションやグローバル展開を視野に入れた研究開発を行っているが[xiv-1] [xiv-2] [xiv-3] [xiv-4] [xiv-5]、2010年代後半からR&D・イノベーションセンターへの投資・展開を積極化・加速化している。
新規開設も多く、2016年にはダイキン[xv]、2018年にはNEC、楽天がR&D拠点を開設[xvi-1] [xvi-2] [xvi-3]、2020年にはソニー、ラクスルが[xvii]、2022年はメルカリ、富士通が技術開発・R&D拠点の新設を発表している[xviii-1] [xviii-2] 。NTTデータは、8月に世界6カ国にイノベーションセンターを開設、インドはプロトタイプ開発の拠点として体制作りを進めると発表している[xix]。
先行する日系企業は、新たな展開を見せている。Panasonic Indiaは、2017年にインドIT大手TCSと共同でインドイノベーションセンターを設立し、IoTやAI、ロボティクス、エネルギーマネジメント等の先端技術開発を開始[xx]、2020年10月に本社直轄のイノベーション戦略室傘下に開設した「クロスボーダー準備室」を通じ、同センターが手掛けた成功事例の日本国内への展開を開始しており、2021年度からさらにこの活動を加速する、と報道されている[xxi]。スズキは今年8月に、単独出資でデリーにCASE(ネット接続、自動運転、カーシェア、電動化)のグローバル開発拠点の設立を発表する[xxii]など、日本企業も、グローバルR&D・イノベーションハブとしてのインドの位置づけをより重点化してきている。