インドのクイックコマース市場が好調だ。パンデミック時のロックダウンや外出制限のため、消費がオンラインに移行し、それまでは店頭に買いに行くのが一般的だった食料品や日用品もオンラインで購入されるようになった。最近ではより速く手元に届くことがサービス選定の要因ともなり、競争が激しくなっている。
IBEFによると、インドのクイックコマースの流通取引総額(GMV)は、2020-21年には1億米ドル強で推移していたが、2022年には前年の8倍の16万米ドルに、2023年には前年比70%以上増加の23億米ドルに達した[i]。また、Markets& Data[ii]やStatista[iii]によると、2024年の同市場規模は30億ドルを超え、今後数年は年平均伸長率20-30%で推移すると予測しており、今後も堅調な伸びが期待されている。
【クイックコマースのGMV推移(単位:10億米ドル)】
主に大都市部で展開されているクイックコマースの伸長の背景として、デジタル化やECの普及に加え、コンビニエンスストアに類する多様な商品を揃える小型店舗がない(キラナと呼ばれる個人商店はあるが、品揃えの点で不十分)点があげられる。また、日本で言う御用聞き文化のような、電話や店頭で必要な商品を伝えると、近所の商店がまとめて持ってきてくれる、という慣習があり、デリバリーへの抵抗がない[iv]ことが、手間をかけずに必要な日用品を迅速に届けてもらえるといった、クイックコマースを受け入れる素地があったともいえる。
この数年間の成長期間に、新規参入や投資が活発化した。現在、業界最大手といわれるBlinkitの前身であるGrofersは、2021年に大手フードデリバリーテックZomatoからの資金注入によりユニコーンとなり、2022年にはZomatoに6億2,600万米ドルで買収された。
Zomatoの競合であるSwiggyは、クイックコマースSwiggyInstamartを2020年8月に開始、同時期にオンライングロッサリー最大手のBigBasketも、クイックコマースBBNowを立ち上げた。2021年に創業したZeptoは、2023年8月と立った2年間でユニコーンとなった[v]。2022年には、クイックコマースの配送で躍進し始めていたハイパーローカル配送のDunzoに対し、Relianceが2億米ドルを投資、株式の一部を取得した。
クイックコマースは、一般的にネットからの注文がシステム上で認識された後、注文場所から最も近隣のダークストア(もしくはマイクロ倉庫)で商品がパッキングされ、配送される仕組みだ。主要クイックコマースプラットフォームは、マイクロ倉庫とダークストアの戦略的ネットワークを構築し、高需要地域では2km圏内で設定をしている。さらに、最速での配送を実現するために、消費行動分析による需要予測と在庫管理の最適化、倉庫業務の精度とスピードアップ、配送最適ルートの迅速な検索、など、テクノロジーの活用と進化を進めている。Zeptoは高度なアルゴリズムを用いて上記の最適化を実現[vi]、最短10分での配送をサイト上でも謳っている。
クイックコマース躍進をさらに押し上げるように、ここ数ヶ月クイックコマースプレイヤーに対し、積極的な投資や活発な新ビジネスの動きがみられる。Zomatoは今年6月に、Blinkitに対し30億ルピーを投入し、ビジネス強化・拡大を図る。ゴールドマン・サックスによると、Zomatoの時価総額へのBlinkitの貢献度は、フードデリバリー事業のそれを上回ったという[vii]。Zeptoは今年8月、新たに3億6,000万米ドルを調達、その評価額は50億米ドルに到達した。同社は5月に、今年度のGMVが10億米ドルを突破する見込みであり、店舗黒字化スピードが、以前の23ヶ月から6ヶ月と大幅に短縮した、と語っている。この調達により「ダークストア」と呼ばれる倉庫の数を2025年3月までに700に倍増させる計画で、さらなる事業展開に弾みをつける[viii]。
小売・ECが、クイックコマースへのさらなる注力や、新規参入が立て続けに報道されている。今年5月、RelianceIndustriesは、グロッサリーを中心としたECを展開するJioMartを通じ、クイックコマースに参入する計画を発表した。ダークストアではなくRelianceRetailのネットワークを活用し、7~8都市展開を皮切りに、将来的には1,000都市以上に展開する、という[ix]。またJioMartの持つ食料品以外の商品カテゴリーも含めたクイックコマースを想定しているようだ。
BigBasketに至っては、今年8月、事業全体をクイックコマースに転換する計画を発表した。同社の総収益の50%以上はすでにクイックコマース事業であるBBNowが占めており、クイックコマース事業へ集中することで、黒字化を進め、2025年のIPOを目指そうとする動きもあるようだ[x]。
同じく8月にはAmazonIndiaが、来年度の第1四半期までにクイックコマースを開始する計画を発表、現在グローバル本社からの承認を待っているところだ。実現すれば、Amazonが世界で初めて提供するクイックコマースがインドでスタートすることになる。現在、AmazonIndiaはインドのスーパーマーケットチェーンのMoreRetailと組み、2時間以内に商品を届けるAmazonFreshを展開しているが、これをさらに20-30分にまで、段階的に短縮していく方針だ。Amazonは、Swiggyの株式取得に向けて交渉中であり、特にクイックサービス・プラットフォームのInstamartをターゲットにしているとも報じられている[xi]。
配車サービスを展開するOLAの親会社ANITechnologiesも、ダークストアの展開により、クイックコマースへの参入を考えているようだ。Olaによって運営されるダークストアにはロボットが設置され、配送プロセスの大幅な自動化を狙っている。当計画は、ライドヘイリング事業が停滞している中、OLAの将来的なロードマップの一部として展示される予定だという。
なお、大手ECのFlipkartがDunzoの買収交渉に臨んでいる、という報道がいくつか見られるが、実際にはRelianceとDunzoの関係などから、難しいと業界筋は見ている。大手小売やECがさらに注力しようとするクイックコマースは、今後どのような形でインドに広がっていくのか、引き続き注目していきたい。
[i]https://www.ibef.org/blogs/the-rise-of-quick-commerce-in-india-revolutionising-retail-and-last-mile-delivery
[ii]https://www.gii.co.jp/report/mx1488616-india-quick-commerce-market-assessment-by-product.html
[iii]https://www.impactonnet.com/cover-story/the-quick-road-to-success-8564.html
[iv]https://storytelling-jp.com/india-online-quick-commerce/
[v]https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/08/aba511132ae61eaa.html
[vi]https://bizbracket.in/brands/zepto-online-revolutionizes-quick-commerce-with-ultra-fast-rapid-delivery-service/
[vii]https://economictimes.indiatimes.com/tech/startups/zomato-to-infuse-rs-300-crore-in-quick-commerce-unit-blinkit/articleshow/110892231.cms?from=mdr
[viii]https://forbesjapan.com/articles/detail/73408
[ix]https://economictimes.indiatimes.com/industry/services/retail/next-disruption-reliances-jiomart-to-enter-quick-commerce-space-to-take-on-blinkit-zepto-and-others/articleshow/110526696.cms?from=mdr
[x]https://entrackr.com/2024/08/bigbasket-to-completely-pivot-quick-commerce/
[xi]https://www.businesstoday.in/technology/news/story/amazon-set-to-challenge-blinkit-swiggy-instamart-zepto-by-venturing-into-quick-commerce-check-details-443471-2024-08-29