市場規模
観光相が発表した数値によると、インドの医療ツーリズム市場規模は2015年時点で1兆3,519億3千万ルピー。順調に推移しており、2016年は1兆5,414億6千万ルピー、2017年は1兆7,787億4千万ルピーとなっている[i]。
市場成長の要因は、欧州や北米、東南アジアなどと比較し割安な医療費だ。世界の医療ツーリズム市場の18%をインドが占めており、主要な外貨獲得源にもなっている。
医療を目的としてインドに入国する外国人は2015年23万4千人、その後1年で約1.8倍の42万7千人と大幅に増加、2017年は49万5千人に到達している[ii]。バングラデシュが最も多く、2017年は22.1万人が訪問。その他、アフガニスタン、オマーン、モルディブ、ウズベキスタン、スーダン、イラク、イエメンといった国からの入国者が多いという。
市場動向
観光省は、「ウェルネスツーリズム」、「医療ツーリズム」で外国人観光客を誘致している。「ウェルネスツーリズム」はアーユルヴェーダ(Ayurveda)、ヨガ(Yoga)、シッダ(Siddha)、ナチュロパシー(Naturopathy)といったインドの伝統医療を目的とする旅行を指す。「医療ツーリズム」は西洋医学の医療を目的とした旅行を指し、①インド人医師はアメリカやヨーロッパといった先進国での医療経験が豊富なこと、②医師や看護師など医療従事者が英語に通じていること、③主要病院では国際基準の診断機器が導入されていること、④イン国内には1千か所の看護師養成センターがあり、毎年1万人が卒業していること、などを強みとして挙げている[iii]。
インド商工会議所(FICCI)とE&Yの共同レポートによると、アメリカの医療施設認定合同機構(JCI)が認定する医療機関の各国の数は以下の通り[iv]。医療ツーリズムを強化している国と比較しても、ひけをとらない数の病院がある。
インドにおける主要手術の平均価格は下記の通り。アメリカの医療費用よりも65~90%安いと言われている[v]。
医療ツーリズム患者の受け入れが多い都市はデリー、ムンバイ、バンガロール、チェンナイ、ハイデラバード、コルカタが中心だ。マハラシュトラ州は全体の27%を占めており、うち80%の受け入れ先がムンバイだという。チェンナイは全体の15%、ケララ州は5~7%となっている[vi]。
企業動向
下記にインドのブ医療ツーリズム市場に関わる企業を数社挙げる。
・Apollo Hospitals
1983年創業、一次医療から高度医療まで、健康保険や製薬小売なども手掛ける医療総合企業。病棟数は70カ所で、収容人数は9,800人超、稼働率は65%。病床1床の1日あたりの収益は3万1,963ルピー、患者の平均入院日数は3.9日となっている[vii]。2015年度以降は病院の新設を強化しており、2017年度の収益は2013年度の約2倍の824億3千万ルピーだった。また、医療ツーリズムのハブとしてマイクロソフトやグーグルと提携し、ヘルスケア分野でのマシンラーニングモデルや効果的な検索機能を開発等も行っている。医療ツーリズム受け入れのための、外国人患者用の特設ページも設け、英語、中国語、フランス語、インドネシア語、スワヒリ語に対応している[viii]。
・Fortis Healthcare
総合病院、検診センター、デイケア施設などを展開する医療総合企業。インド、ドバイ、モーリシャス、スリランカに45か所の病院を展開(建設中も含む)。病床数は約1万床で、検診センターは314カ所[ix]。アメリカ拠点の国際機関メディカル・トラベル・クオリティー・アライアンス(MTQUA)の承認に続き、2016年6月にはカルナタカ州商工会議所(FKCCI)から「Best Medical Tourism Hospital」に選出されている[x]。医療ツーリズム、外国人患者用の特設ページは英語、アラビア語、ロシア語、ドイツ語、フランス語に対応している[xi]。
・Vaidam Health
グルガオン拠点のメディカルツーリズムサービス企業。2016年設立で、患者とインドの病院、医師をつなぐオンラインプラットフォームを展開している[xii]。提携病院数は100カ所以上、医師は1千人以上。65か国から患者を受けていれている。2018年8月には医療機関品質評価機関(NABH)が認定、インドで初めての政府認定の民間メディカルツーリズムプラットフォームとなった。2018年12月にはハーバードビジネススクールに次ぐ年間350件のケーススタディを発表しているカナダのIvey Business Schoolが同社のサービスをケーススタディで選出すると発表。国際的にも認知度が高まっている[xiii]。
・Hospals
デリー拠点のメディカルツーリズムサービス企業[xiv]。提携病院はApollo、Max Healthcare、Fortis、Medantaなど大手私立9病院。希望医療の詳細を送ると48時間以内に治療に最適な病院・医師の見積もりが返送される。VISAや航空券、ホテルの予約代行も行う。日系ベンチャーキャピタルのSpiral Venturesが150万米ドルを投資している[xv]。年間200人のメディカルツーリストをホストしており、インド国内だけでなく、中東、北アフリカにもサービスを拡大する計画。
現地消費トレンド
・2019年11月、インド商工省は医療ツーリズム産業振興のためのポータルサイトの新設計画を発表した。外国の患者のため、旅行計画や医療情報などを政府主導で全国から集約する。医療ツーリズムを単なる医療行為ではなく高付加価値サービスとして売り出し、他国との競争力を強化する[xvi]。
・タミルナド州で心臓移植を行う外国人患者の事例が注目されている。2018年12月、タミルナド州のTV番組で「インド国内の心臓移植用の心臓4つのうち、3つが外国人に移植されている」と報道された(実際は6つのうち1つだという)。インド国内では腎臓や肝臓移植はインド人にのみ移植されているが、心臓や肺は外国人に移植されるケースもある。200万ルピーという高額な手術費用を払える患者が限られていることも要因だ。腎臓や肝臓が生体間移植なのに対し、心臓や肺の移植は心停止後臓器移植であり、その数は生体移植の3分の1とインドでは少ないものの、タミルナド州を中心に少しずつ普及している。10年前にタミルナド州で心停止後臓器移植プログラムが始まった当時は、肝臓移植センター2か所、心臓移植センター1か所があったが、心臓移植は需要がなかったためほぼ実施されず、肝臓はインド人と外国人に移植されていた。現在は肝臓移植センター16か所、心臓移植センター10か所、肺移植センター4か所に増え、全ての提供臓器が廃棄されることなく移植されているという[xvii]。
・インドの東部地域でも、医療ツーリズムの活性化に注力している。南部では従来から誘致活動が行われていたが、東部のコルカタでは2019年11月、初めて医療ツーリズムに関するイベント「MEDENT 2019」が開催された。主催はインド国際ビジネス協議会(ICIB)、先進旅行代理店協会(ETAA)。コルカタにはバングラデシュ、ブータン、アフガニスタンなどからの医療患者が多い。病院、旅行代理店、関連サービス企業などが連携することで、地域経済活性化だけでなく雇用の創出にもつながると強調。外国からの医療患者が直面するVISA取得や為替、宿泊先や手続きにかかる問題、言語や文化の違いによるミスコミュニケーションなどの問題などが協議され、課題解決のための協働で合意した[xviii]。
・インドが性転換手術の医療ツーリズム先としても台頭している。性転換手術の医療ツーリズムの行先としてはタイがトップだったが、医療費の高騰などで他国にも市場が広がっている。シンガポールの医療サービスマッチングプラットフォームを運営するMy Medi Travelによると、2018年6月サイト開設以降の問い合わせ先国として、タイ268件に次ぎインドが多く36件、次いでメキシコ34件、マレーシア31件、フィリピン29件だったという。ムンバイ拠点の専門病院PriyaMEDでは、3年間で約200件の性転換手術を実施。欧米諸国を始め世界各国からの患者を受け入れている。手術を受けた経験者によると、その費用は2万5千米ドル(手術費用、診療費、医薬品費、宿泊費、食費、空港送迎含む)とアメリカの約5分の1、タイよりも安価だったという。インドでは2014年、最高裁が身体的な性と自らの性認識が一致しないトランスジェンダーの人々を「第3の性(サードジェンダー)」と認めた背景がある[xix]。