市場規模・動向
インド国家犯罪記録局(National Crime Records Bureau:NCRB)による犯罪発生率(人口10万人に対し発生した犯罪の割合)の推移は以下の通りである。2015年から2016年は大幅に発生率が減少しているが、これは2016年に首相に就任したモディ氏が発生率の定義を変えたことによる。それまでは1犯罪ごとに1件とカウントしていたのに対し、2016年以降は同一犯による連続犯罪などの重複案件は1件のカウントとなった。このやり方は、犯罪の実態把握には向かないとする意見がある一方で、欧州連合(EU)加盟国の約半数の国で採用されている手法でもある[i]。
犯罪発生率はカウント方法を変更した2016年以降、ほぼ横ばいだったが、2020年には487.8と100以上上昇。ただしこれは多くが新型コロナウイルスの行動規範に対する違反であり、それ以外の犯罪は減少傾向にあるという。[ii]
【インド国内の犯罪発生率推移(10万人当たり)】
インド政府は、女性や子供の課題に取り組む女性子供省を設立し、女性や女児を虐げる社会意識の改革を図って「Beti Bachao Beti Padhao(save daughter, educate daughter)」政策などを打ち出しているものの、2018年の犯罪発生率は2017年からいずれも上昇、2020年は若干減少したものの、大幅削減にはまだ遠い状況にある。
【女性・子供に対する犯罪発生率推移(10万人当たり)】
犯罪の背景には貧困や人間関係などの複雑な要因があるが、水不足が深刻な問題となっているインドでは、水に関わる犯罪も増えている。2017年から収集が開始されたデータでは、その発生件数は2017年の432件から、2018年には94%増の838件に増加。2019年796件と若干減少したが、2020年は807件と、800件台で推移している。小競り合いから器物損壊、殺人に至るまで幅広く、特に干ばつが多発するマハラシュトラ州、ビハール州での発生が目立つ。水資源が不足するに伴い犯罪件数も増加する傾向が見られ、都市部と農村部、コミュニティ間、大きくは州をまたいでの犯罪も発生する。州政府主導の水資源の管理整備が急務となっている。
【水に関する犯罪が多い州トップ5(2020年)】[iii-1] [ⅲ-2]
インターネットが急速に普及するインドでは、サイバー犯罪も増加している。パンデミックの影響から、オンラインにビジネスや購買活動が移行したことに伴い、さらに増加に拍車がかかり、2020年のサイバー攻撃の発生件数は2019年の3倍にも上った[iv]。2021年3月に発生したムンバイの停電もサイバー攻撃によるものとされている[v]。こういった事態を受け、インド政府は国家サイバー戦略の策定を開始、詰めの最終段階に入った[vi]。当戦略の中では、サイバーセキュリティに関するスキルギャップも言及されており、このギャップを解消することと、サイバーセキュリティにかかわる人材育成の強化も図ろうとしている。
企業動向
下記にインドの防犯に関わる企業を数社挙げる。
・Facetagr [vii-1] [vii-2] [ⅵ-3]
チェンナイ拠点のAI企業。顔認証アプリケーションとデバイスを開発している。女性子供省が運営する失踪児童のポータルサイト「Track Child」によると、2012年1月~2017年3月の5年間で、インド国内で25万人の児童が行方不明になっている。1時間に5人という計算だ。一方で、実際の児童の氏名とポータルサイトに掲載されている氏名のつづりが異なっていたり、失踪児童の写真がない家庭があったりもする。同社のアプリは、本人以外の兄弟姉妹の写真でもデータとして役立つという。
チェンナイやマドゥライといったタミルナド州の警察にシステムが採用されているほか、ネパールからインドへの誘拐など、国境を越えた捜査にも活用されている。30万人の子供のデータを蓄積。100人超の失踪児童の特定に成功し、家庭に戻している。
・Uncanny Vision [viii-1] [viii-2] [viii-3]
2013年創業、ベンガルル拠点のAI企業。従来の防犯カメラでは記録と再生しかできなかったが、コンピュータビジョン技術を用いた高機能スマートカメラを開発。顔や身体情報による人物認証機能をベースに、防犯カメラだけでなく、スマートパーキング、料金所の自動化、スマートシティ、リテール分析などの分野でも活用されている。例えば、ATMで金銭の引き出し以外の行動を感知した際はアラートを発し、即時対応を可能にする。また、スマホに搭載されるARMプロセッサーを組み合わせることでデバイス化もできる。
インド以外でも販売しており、「Fortune500」のインド、日本、アメリカの企業がクライアントになっている。従業員数は創業時の5人から3年で35人まで増加。日系ベンチャーキャピタルGITV Fund、同Rebright Partners、地場のManipalグループなどから50万米ドルを調達している。
2021年9月、米クラウドビデオ監視のEagle Eye Networksが同社を買収した。
アメリカ拠点の防犯グッズメーカーで、インドにはニューデリー拠点のNirvana Beingとの合弁設立で参入。ペッパースプレー、ポケットアラームなど(価格帯499~999ルピー)をアメリカから輸入販売している。
2018年には初期投資3億~3億5000万ルピーを投資してインドに工場を設立する計画を発表。生産能力はペッパースプレー1万個/日で、国内だけでなく東南アジアや中東にも製品を輸出販売する計画だ。自社ウェブサイトの他、AmazonやFlipkartなど主要ECサイトでも購入可能。
現地消費トレンド
・警察や政府組織が防犯対策にAIを活用するケースも出てきている。前述のFacetagrや、グルガオン拠点の防犯アプリ開発企業Staqu Technologiesなどが主要プレイヤーとして挙げられる。
NCRBによると、国内犯罪の7割が再犯によるもので、前科のある人間のデータベースは防犯対策に大いに役立つという。AIアプリによる顔認証の誤認率は一ケタ台で、正確性も高い。すでにパンジャブ、ラジャスタン、ウッタルプラデシュ、タミルナド、アンドラプラデシュといった州で導入されている。
また、デリー警察もスタートアップInnefu Labの顔認識ソフトウェアAI Visionを導入、当ソフトは顔認識だけでなく、歩行・身体分析も可能で、デリー以外の約10の州政府警察にも採用されているという[x]。
一方で、AI技術や収集されたデータを利用した捜査活動は、プライバシーの侵害にあたるという意見もある。データ活用に関する法規定もないため、整備を求める声も上がっている[xi]。
・2019年9月、アンドラプラデシュ州Chittoor地区の警察は、サイバー犯罪に特化したサイバーポリスを新設した。携帯電話やソーシャルメディア、オンラインショッピングなどに関わる、サイバー犯罪を取り締まる。通常犯罪の取り締まり部署とは異なる組織を作ることで、より検挙率を上げることが狙いだ。
また、地区警察はバス停留所や鉄道駅、ホテル、映画館などの人が集まるエリアで検問を実施。職務質問には、上述のFacetagrのウェブアプリケーションや指紋認証システムなどが用いられた。これは、日系企業も多く入居する工業団地Sri cityでも行われた。[xii]
・SNSを利用した犯罪も増加している。女性蔑視の風習が未だに残るインドでは、女性政治家のTwitterへの嫌がらせが多発している。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、連邦議会下院(Lok Sabha)選挙に参加した95人の女性政治家を対象に、2019年3~5月に発信されたツイート700万件のうち11万4000件をサンプルとして調査。その13.8%に、人種、性、カースト、宗教などに関する攻撃的な内容が含まれていた。
インド与党に所属するShazia Ilmi氏は女性であり、ムスリム教徒である。彼女が発信するTwitterへのコメントは、政策に関するものはわずか25%で、残り75%超は女性であること、またムスリムの女性であることへの攻撃的メッセージだという。野党の下院議員で、2014年から政治家として活動しているHasiba Amin氏も、活動開始以来、Twitterで日常的に攻撃を受けている。内容は人格への批判や性的な嫌がらせを含むメッセージ、レイプ予告などの脅迫など。一向に減らない攻撃のため、同氏は2019年からTwitterの利用回数を減らしているという[xiii]。