インドはその広大な土地と多様な地勢・気候から、様々な食が展開されている。アーユルヴェーダを根源とするスパイス文化も、地域により特徴があり、それぞれの風土にあったものが使用されている。とはいえ、外から見ると、類似した食材や調理法に限定されているようにもみえ、また過去には新しい食文化が入りにくい、ともいわれてきた。しかしながら、昨今のSNSを中心としたグローバルな情報の流通から、欧米を中心とした食のトレンドがインドに移植、展開されるケースは増えてきている。
食材は、かつては近隣のグロッサリーやスーパーで調達されることが主だったが、パンデミックによるEC普及の加速に加え、クイックコマースの台頭など、入手手段も大都市を中心に、豊富になっている。
また、新たな食への関心の高まりも続いている。韓国カルチャーとともに、韓国食への関心の高まりや、スーパーフードやビーガンなどのグローバルトレンドも話題となっている。また、グローバルトレンドに乗り、インド国産の食材や調理法が見直されるなど、新旧が入り交じり、あらたな食文化の形成に一役買っている。
ここからは個人的な興味範囲になってしまうものの、気になるトレンドをいくつか取り上げていきたい。
アルチザンチーズ
いわゆる職人によって作られるチーズが、インド国内でも作られている。乳産量は世界一といわれるインドだが、かつて、その用途は乳の他、ギー、カード、パニールといったフレッシュでインド料理に使用される素材に限られていた。その一方で、パンデミック以降、地産地消や国産回帰の風潮や、新たな食への関心の高まりなどから、インド国内で、欧州で作られるような発酵・熟成を伴う多様で豊かなチーズが作られ始めている。中には海外からのインド移住者が作り始めたものもある。
Himarayan Products
2006年、オランダからカシミールに移住したChris Zandee氏によるブランド。2007年より現地の酪農家から入手した乳を使い、自身のもつ技術を用いたチーズ製造を開始した。当初は酪農家が非常に安価にしか乳を販売できていない現状から、彼らをどうやって助けていくか、という視点から開始された。移動牧畜を行う酪農家から水牛、ジャージー牛、土着の牛の乳を仕入れ、夏と冬の2回に分けて出荷している。
ゴーダ、チェダー、グリュイエール、モッツアレラ、カラリの5種を製造しており、カシミール地方の伝統的なチーズ「カラリ」は、インドのモッツアレラチーズのようなカテゴリにあたるという。価格は200gで250~600ルピー。全国の店舗に卸すほか、オンライン販売も手掛けている。
また、工場見学も人気であり、チーズの試食や交流会なども行っていることから、当地の観光スポットの一つにもなっているという[i]。
同様に、インド人とフランス人のカップルが興したAmiskaも、北部山岳地方であるヒマチャル・プラデシュ州シムラーで、チーズ作りを行っている。
The Cheese Collective
ニューヨークでウェルネス関連の広報として活躍していたインド人女性、Mansi Jasani氏が興したチーズブランド。米国のThe MurrayCheese Cavesを訪れたことがきっかけとなり、チーズ作りへの興味から、本格的な修行にまでたどり着き、自身のチーズ愛をインドに広めようと、生まれ故郷であるムンバイで2014年に事業を開始した[ii]。ヤギのチーズに焦点を当てており、ハーブやはちみつ、ハラペーニョ、黒コショウなどの様々なフレーバーを展開している。
同様に、ムンバイで小規模ながらチーズを作る起業家は複数いる。大手グローバル企業の人事部で活躍し、その後イタリアでチーズの修行をしたインド人女性Mausam Narangの起こしたEleftheriaは、「ワールドチーズアワード2021」で、ブラウンチーズ部門で銀メダルを獲得した史上初のインド人となった。
インド産コーヒー・カカオで高付加価値商品を
インドにもサードウェーブコーヒーが登場している。日本でも販売を行っているブルートカイや、大都市部でカフェも運営し、インド産コーヒー豆を使用した新鮮なコーヒーと食事を提供する、というコンセプトを持つThird Wave Cofee、ムンバイで展開するSubkoCoffee Roastersなどがあげられる。
Subko Coffee Roastersは、過小評価されているインド産カカオをフューチャーし、2023年からムンバイに、Bean to Barを実践する小規模工場を併設する体験型カフェ「カカオ・ミル」の展開を開始した[iii]。
ハイデラバード拠点のManam Chocolate Karkhanaは、カカオの産地アンドラ・プラデシュ州西ゴダヴァリ地区から直接原料を調達、カカオ豆の加工プロセスから関与し、こだわりの素材・加工方法でクラフトチョコを提供するブランドだ。「シングル ファーム シリーズ」は、パッケージに印刷されたコードをスキャンすると、農場の情報や加工プロセスなどを確認することができるという[iv]。価格はタブレット80gで400ルピー前後。2023年の英国「Academy of Chocolate Awards」で合計17の賞を獲得した。なお、同じくアンドラ・プラデシュ州の東ゴダヴァリ地区のカカオを使用した[v]チョコレートブランドBon Fictionも、同時期に同アワードを受賞している。
ユニークな取り組みを行っているブランドもある。タミルナド州ゴパラプラムに拠点を置くKocoatraitは、持続可能性を謳ったBeanto Barブランドであり、包装紙には衣料品工場から排出される綿の廃棄物と、チョコレート製造工程で発生するカカオ豆の殻を使用したリサイクル品で、印刷には水性インクを使用している。包装を最小限にするためのデザイン、チョコレートを保護するアルミホイルについては、処理の仕方をQRコードで読み取る方式にする[vi]など、徹底している。
また、環境に優しいチョコレート作りを広めるため、インド初の3日間のトレーニングコース「CocoaShala」を立ち上げ[vii]、すでに100人余りに当トレーニングを提供している[viii]。
これらはグローバルトレンドのインド展開ではあるものの、国産原料を見直し、高品質の商品に転換することで付加価値を与え、酪農家や農家にも貢献する循環型モデルが形成されている。ほんの少しの事例に紹介にすぎないが、多様な視点からインドを見るきっかけのひとつになればと思う。
[i] https://pureecoindia.in/a-dutchman-making-cheese-in-kashmir/
[ii]https://www.cheeseprofessor.com/blog/building-a-cheese-culture-in-bombay-mansi-and-the-cheese-collectivejasani
[iii]https://modbar.com/cafe-case-study-the-cacao-mill-mumbai-india/
[iv]https://www.theweek.in/leisure/lifestyle/2023/09/04/for-the-love-of-chocolate-how-a-hyderabad-brand-is-changing-the-taste-of-cacao-farmers-in-godavari-region.html
[v]https://www.travelandleisureasia.com/in/people/interview-with-couple-who-grows-cacao-in-andhra-pradesh-rajahmundry-bonfiction/
[vi] https://www.thehindu.com/news/cities/chennai/the-sweet-taste-of-sustainability/article68873394.ece
[vii]https://cocoatrait.com/product/3-day-micro-batch-bean-to-bar-chocolate-making-course-cocoashala-chennai-india/
[viii]https://www.thehindubusinessline.com/news/variety/chennai-start-up-cocoashala-churns-out-bean-to-bar-chocolate-entrepreneurs/article66107686.ece